2016年は“新聞が死んだ年”になってしまうのか

 <「新聞って、何だったの?」 これから数十年後、あなたは孫にこんな質問をされるかもしれない>――。

 こんなショッキングな書き出しの記事が「ニューヨーク・タイムズ」(9月5日付)に掲載された。

 その記事はさらに以下のように続いていた。

 <あなたはその孫に2016年9月7日という日付を教えてあげてもよいだろう。この日こそが、私たちがそれまで知っていた米国の新聞が集中治療室を出て、痛み止めだけの末期治療を施され、天国への旅路についた日となったかもしれないからだ>

■ 「新聞」という言葉の意味がなくなってきた

 この記事は、「米国新聞協会」が9月7日をもってその名称を「ニュースメディア連合」に変えることを報じていた。

 米国新聞協会は1887年の創設以来、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストなど世界的に著名な大手新聞から全米各地の中小の地方紙までが加わり、巨大な影響力を誇ってきた。

 ところが米国新聞協会は130年近くの歴史を経て、ついに名称から「新聞」という言葉を外すことになった。この決定はもちろん全米の各メディアに報じられた。

 理由はいうまでもなく、新聞の衰退、インターネットの成長である。2008年に約2700あった米国新聞協会の会員は、現在、約2000にまで減少しているという。

 米国新聞協会のデービッド・チャバーン会長は名称変更の理由について次のように説明した。

 「大手新聞をはじめ大多数の会員が、印刷した新聞だけではなくネットなどから多くの収入を得ている。そうした現状において、『新聞』という言葉の意味がなくなってきた。同時に、ニュース報道の業界を『新聞』という言葉でまとめることが難しくなってきた。紙の新聞を読む人よりも、ネット版のビューワー(見る人)の方が多くなってきたのだ」

■ 日本でも米国でも新聞は衰退の一途

 これまで米国では、紙の新聞を持たないネットメディアは米国新聞協会への参加が認められなかった。だが、今やネットメディアの方が伝統的な新聞よりも読者を多く引きつけているという現実がある。

 長年新聞記者として働いてきた者として、私はこの米国での動きにきわめて複雑な思いを抱く。

 私は毎日新聞と産経新聞で半世紀ほど記者活動を続け、現在は産経新聞のワシントン駐在客員特派員を務めている。今も仕事は新聞記者である。だから、今回のニューヨーク・タイムズの記事のような「やがて新聞は消えてなくなる」とか「新聞というのが何かをも知らない世代が出てくる」という話を聞いて嬉しいはずがない。

 日本でも米国でも新聞の衰退が叫ばれるようになって久しい。ワシントンと東京を往来する私は、両国で新聞の斜陽ぶりをさんざん目の当たりにし、実感させられてきた。

 特に地方紙の数が多い米国では、ここ20年ほどの間に中小新聞が多数消えていった。大手の中には、いちはやくデジタル化に成功し、ネット版の利益を着実に上げて紙の本体も健在というウォール・ストリート・ジャーナルのような新聞もある。一方で、ワシントン・ポストなどは経営不振に悩み、売りに出されて、現在はアマゾンの会長がオーナーとなっている。

 日本でも新聞の衰退や消滅が語られるようになってずいぶんと長い歳月が過ぎた。東京の電車の中で新聞を読む人がほぼ皆無になったのはいつの頃からだろうか。大手紙の販売部数の減少は目を覆うばかりである。

 
■ 新聞は今も「社会の木鐸」だが・・・
 
 だが、それでも日本の新聞はニュースメディアの主軸として健在である。死にそうに見えて、決して死にはしない。私は最近、日本の新聞をそう捉えている。
 
 前述のニューヨーク・タイムズの記事の筆者、ジム・ルーテンバーグ記者は、米国の新聞とネットメディアをこう比較する。
 
 新聞が、政府の腐敗をニュースにするなど公益にかなう報道を続けるのに対して、ネットメディアは娯楽性が強く、情報に信憑性がない。ネットメディアにとっては、ニューヨーク市庁の汚職の追及よりも、タヌキとネコに似た珍動物の登場の方が価値が高いとされる──。
 
 日本でも同様の傾向は指摘できるだろう。ネットメディアを運営する組織のほとんどは、ニュースメディアと名乗りながら、独自に取材をして情報を集める機能を有していない。情報を集めても、ニュースとしての価値を総合的に判断して論評するメカニズムもない。公益に資する「社会の木鐸」としての機能は、いまだに新聞にはかなわないと言ってよい。
 
 とはいえ新聞は、社会の公器としての役割がいかに貴重であっても、経営収支が改善されなければ存続できない。だから、どうしてもネット事業に頼っていかざるをえない。
 
 新聞は、これからますます暗くて寒い冬の季節に突入していく。米国での今回の動きは、まさにその現実を象徴する出来事であった。
 
古森 義久

最終更新:9月14日(水)6時15分

JBpress



コメント(Yahooニュース)
fal***** | 2016/09/14 06:53
普通紙もスポーツももっと「能」のある記事を書いて欲しいが…(・ω・)
 
a48***** | 2016/09/14 22:06
プロレスがある限り
東スポは残るかと

 
カメムシ大明神補佐代理付係長心得見習 | 2016/09/14 08:27
真実を暴く、ではなく新聞社の政治思想の機関紙になってるからだよ。
 
  fre***** | 2016/09/14 12:59
  自分たちが正義、国民の代表と信じているマスゴミはなくなればよい。
  それが社会のためだ。
 
tet***** | 2016/09/14 06:35
新聞はもうとっくに取っていないけど、地元新聞に入るチラシを見るアプリとかあればいいなとは思う。
 
ppy***** | 2016/09/14 17:12
新聞もテレビも当事者の都合の良い作り物だからだと思う。
 
meg***** | 2016/09/14 10:49
スーパーマンも失業しちゃうの?
 
str***** | 2016/09/14 06:49
記者クラブという中小のジャーナリストを排除して、取材能力云々言われても…。
社会の木鐸もまさにそれが腐り果ててたら何の意味もない。

 
met********* | 2016/09/14 12:32
大本営発表しか流さない鼻紙と政党機関紙になってるチリ紙しかないからね
 
ml6*** | 2016/09/14 19:19
まあ、ネットよりかは偏ってないけどね。
 
wif***** | 2016/09/14 10:20
蓮舫問題での問題点のすり替え。
豊洲問題の表面化までのスルー。
スマップ問題での芸能事務所の広報紙化。
 
こんなことばかりしていたら、そりゃ死ぬしかないでしょうね。自業自得です。

 
I Love japan | 2016/09/14 13:32
この記事の言う意味では、既存の新聞(特に左翼系メディアと呼ばれる新聞)は
「正確な取材なしに、センセーショナルになるネタ」を書き続けていた。
だから左翼系新聞こそが、ネットの話題性と即時性に負けて、消えようとしているのだと思う。
 
新聞社の価値は「正確かつ責任ある報道」である事は間違いない。
誤報であっても、素早く訂正し謝罪記事を出せば、社会は新聞を信頼する。
 
それが出来ずに「報道の正義」だの「政権のチェックはマスコミの使命」等と
誰も望んでいないズレた事をやっていれば、終わってしまうのは当然のこと。
 
xyzxyz | 2016/09/14 12:50
朝日新聞も東スポも対して差はない。
 
gongon | 2016/09/14 10:26
とっくに死んでる!
ペンは剣より強しとか云ってるけど、銭はペンより強し!!やろ
信用の無い記事ならわざわざ新聞買うまでもなく、ネットで充分
時代遅れの業種は自ずと淘汰される
 
zen***** | 2016/09/14 06:31
記者クラブ依存体質から脱却しようともしない口から「ネットメディアは、独自取材や情報価値を総合的に判断する能力がない」と言われてもねえ。
 
銭湯桶の金隠し | 2016/09/14 06:45
我が国にも
あろう事か旭日旗を掲げた反日新聞がありますが
瀕死でござる。

 
uni***** | 2016/09/14 11:15
とりあえず死ぬのは…チョウニチ珍聞、毎日ヘンタイ、沖タイ、琉球、レッドなフラッグが良いでしょうねw
 
  天皇 | 2016/09/14 17:22
  酸刑が抜けてますよ
 
fre***** | 2016/09/14 12:58
自分たちが正義、国民の代表と信じているマスゴミはなくなればよい。
それが社会のためだ。

 
・・・・などなど

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管理人:
新聞などマスコミ関係者ほどエリート意識の高い職種もないからなぁ。
そんなプライドが時代を読み違えさせるのかも。
日本でもフジテレビ問題が良い例でしょうw
 
ただ、ネットは逆に無秩序すぎる気がする。
虚偽虚言を制限するなんらかの仕組みが必要なのかも。